日本人がもっとも知らない、世界の偉人・溝口健二
時代を超えるモダニズム
世界でもっとも美しい映画
没後50年のアニバーサリー
「溝口健二の映画」
 黒澤明、小津安二郎とならび、日本が生んだ最も偉大な映画監督、溝口健二。
 33年間の監督人生で、約90本の傑作・名作を残した溝口は、1951年の『西鶴一代女』から『雨月物語』(52)、『山椒大夫』(53)とヴェネチア映画祭で三年連続の国際賞受賞という空前絶後の偉業を達成、世界のミゾグチとしてその名を轟かせる。その後の多くの世界の映像作家たちに影響を与えるとともに、日本映画の黄金期を創出した。なお、溝口の影響を口にする作家は、フランソワ・トリュフォー、ジャン=リュック・ゴダール、エリック・ロメール、ベルナルド・ベルトルッチ、アキ・カウリスマキ、アンドレイ・タルコフスキー、ジャック・リヴェット、テオ・アンゲロプロス、ヴィクトル・エリセなど錚々たる顔が並ぶ。
 海外、とりわけヨーロッパの人気は、黒澤・小津を凌いでおり、その評価は没後50年を経た現在でも変わらない。その証左に、世界のどこかで必ず溝口の映画は上映されている。1998年の生誕100周年にはヨーロッパ各国で大規模な巡回上映が開催。昨年のヴェネチア映画祭でも回顧上映が行われ、ニューヨークでも特集上映が開催された。また、先日発表された米TIME誌のベスト映画100に代表作『雨月物語』が選出されている。
 しかし、そうした世界的な評価と比べて、過去15年間本格的な特集上映が行われていないなど、日本国内では再評価の機会が特に少なく、一般の溝口健二の知名度は相当に低い。溝口は、国境を越えて評価された日本人の第一人者であり、映画監督の枠すらも超越した芸術家であった。しかし今や、世界の中で日本人がいちばん溝口健二を知らないといっても過言ではない由々しき状況なのである!
 溝口作品は、しばしば堅苦しく難解なイメージで語られることが多い。しかし溝口健二が描く世界は、思わず感情移入してしまう普遍的なテーマを持ち、自由な感性がほとばしる刺激的なものばかりである。 
 溝口映画の中の登場人物たちは、一生懸命に生きる女性たちであったり(『西鶴一代女』『赤線地帯』『祇園囃子』など)、純愛を貫き通そうとする男女であったり(『近松物語』)、母親を思い続ける子供たちであったり(『山椒太夫』)、お金や身分を求める夫と素朴な幸せを望む妻であったり(『雨月物語』)と、いつの時代でも観客の共感を呼ぶ者たちばかり。しかも、溝口の映画では、共感だけではなく、観る者の心を揺さぶるカタルシスと、思わずうっとりと惚けてしまう美しさがある。
 溝口健二の映画は、けっして難解でも堅苦しくもない、私たちの共感を呼ぶ作品である。そして、時代に取り残されることのない新鮮な感動に満ちている。溝口作品は、常に時代を超えていく“モダニズム”の魅力に溢れている。
 近年、“日本の美”が注目されている。日本が本来持っていた美しさをテーマとしたハリウッド映画『SAYURI』が世界的にヒット。“日本的美”をコンセプトとした資生堂「TSUBAKI」などの化粧品が爆発的に売れている。また、日本が持つ固有の美意識こそが世界に誇れるものだと説く「国家の品格」(著・藤原正彦)が200万部を超える大ベストセラーとなるなど、もう一度日本が本来持つ“美”を見直そうとする気運が高まっている。
 3年連続ヴェネチアで国際賞を受賞するなど、まずその美が海外で認められた溝口健二は、日本が本来持つ美を表現し、世界で認められた第一人者であった。妥協を嫌い徹底的に己の美学を貫いた溝口作品こそ、今日見直されている日本が本来持っていた世界に誇る“美”であり、今こそ溝口映画を再評価しなければならないのかもしれない。
 1956年『赤線地帯』の公開後、次作『大阪物語』の準備中に体調不良で入院。8月24日骨髄性白血病のため、他界。溝口健二が世を去って50年の節目の年にあたる本年は関連イベントが目白押し。
 没後50年目の命日となる今年の8月24日には、溝口健二に影響を受けた国内外の映画監督、生き証人となる女優たちが一堂に会す国際シンポジムを開催。これを皮切りに約15年ぶりとなる特集上映『溝口健二の映画』が一年かけて全国を巡回する。また、版権を有する邦画各社が共同でDVDを8月から12月まで毎月発売する。その他、衛星チャンネルでは新たなドキュメンタリーや代表作を連続放送。また、没後50年のイベントは国内に留まらず、カナダ・オンタリオを皮切りに北米20都市で巡回上映されることも決まっている。
 約15年ぶりとなる今回の映画祭では、『溝口健二の映画』と銘打ち、「溝口健二入門編」となる代表作19作品をラインナップ。巨匠・溝口健二が遺した、「世界でもっとも美しい映画」を連続上映する。特に、宮川一夫キャメラマンと組み世界で絶賛された後期8作品を、全てニュープリント化して上映する。また、邦画各社の垣根を越え、現存する約30本の中で、映画館での鑑賞に耐えうるものを揃えた。
 その完成された映像美と今なお観客の心を捉えて離さない普遍的なテーマ性を兼ね備えた日本の至宝とも言うべき「溝口健二の映画」。本映画祭は、その魅力をスクリーンでたっぷり味わうことのできる貴重な機会となるだろう。